親しい人が死ぬのがひたすら怖い

 

僕は両親が外国人で、二人が日本に移住してから生まれた。

 

僕自身は日本生まれで日本育ち。両親の母語はわからない。親戚はみんな向こうにいて、会えても一年に一度長期休暇の時くらいだった。それも幼い時の話で、今では数年単位でしか会っていない。

 

だから親戚といってもイマイチ親近感がないし、正直会っても全然嬉しくない。赤の他人に毛が生えた程度の認識だ。

そのせいか、祖父(父方)と祖母((母方)が死んだ時もなんも思わなかった。葬式も参加できなかったし、テレビのニュースとなんも変わらなかった。

 

僕は今、そのことがすごく怖い。

 

一般的な日本人は、大人になるまでにたくさん親戚付き合いを重ねると思う。その中には葬式もあって、物心つかないうちから死と接する経験がある。

祖父母と同居している世帯であれば、「そばにいた人がいなくなる」経験をした人もいるはず。

 

僕にはそれがすっぽり抜け落ちてる。

 

両親の交友関係は、向こうのは切れてこっちのは狭いから家ぐるみの付き合いというのもわからない。だからもちろんその方面でも葬式に参列したことがない。

 

僕は葬式をすごく特別視してる。僕が一切経験したことのないもの。全く理解が及ばないもの。遺体を前にするというのは、一体どういう感覚なんだろうか。

 

昨年の5月、高畑勲のお別れ会に行った。死者を祀る場というのは初めてだった。高畑監督に深いリスペクトを抱いていることもあったし、そういう場を経験したいという思いもあった。そこでも死は実感できなかった。というよりも、高畑監督に会ったことも話したこともない僕が、親族や宮崎駿ら近しい人間を差し置いてどうこう言うことはできないと痛感した。ニュースを聞いた時は絶句する程の衝撃を受けたのに、遺影を前にした時は何の感情も浮かんではこなかった。

 

また、昨年の3月11日、東日本大震災の被災地も訪れた。僕はずっと被災地に行きたかった。そこに行けば、死がどういうものか分かると思った。

でも、結局死については何も分からなかった。ただ、だだっ広い荒地があり、復興が懸命に続けられていた。大槌町旧庁舎前の献花台で泣いている遺族の姿が目に焼き付いた。

 

似た光景を覚えている。父方の祖父の墓参りに行った時だ。確かすでに一周忌も過ぎた頃だったが、その時初めて墓に訪れた。一緒に来た祖母がお墓の前で泣き崩れた。見たこともない姿だった。言葉は全然わからなかった。あの衝撃が今も僕の中に残ってる。

 

その祖父が死ぬ少し前、たまたま向こうに行った。祖父の見舞いにも行った。中国の薄暗い病院で、することもなく暇だったと思う。もう余命少ないことがわかっていた。だから、父が伯父と一緒に祖父の体を洗う事になった。最後の孝行として。

男の子なら理解できると思うが、父親の体を洗うなんて1兆円もらったってやりたくない。僕には父の行為が異常に思えた。人が死ぬということの異質さをまざまざと感じた。

 

死がわからないことがひどく怖い。

2018年8月13日、声優の石塚運昇さんが亡くなった。どうしようもなくなるくらいショックだった。何の因果か、ツイッターで訃報を知る直前までポケモンの初代アニメを見ていた。

今もまだ、石塚さんの声を聞くのが辛い。頭がガンガンしてくる。同時に、石塚さんの声の暖かさを強く感じる。

親しい人を失くした時、僕はどうなってしまうんだろう。それが怖い。

死がわからないまま、死んで欲しくない人ばかり増えてしまった。

 

今、時の流れを意識する時期にある。僕も周りも新しい方向へ進んでいる。

だからだろうか、最近このことについてまた考え出すようになってしまった。

 

時は決して止まらない。この先、必ず死を経験することになる。その時、いったい僕はどうすればいいのだろう。

ずっとレベル1のままだ。目隠しされ、どこから棒が来るかわからない。

不安、恐怖。

逃れられるなら逃れたい。僕より先に誰も死んで欲しくない。

 

今日は3月11日。死に寄り添う日。みんなは何を考えているのだろうか。